大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(ラ)1308号 決定 1981年2月24日

抗告人

池谷利一

右代理人

宮下浩司

相手方

相模原信用組合

右代表者代表理事

篠崎隆

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

二記録によると、相手方は、昭和五五年一〇月八日横浜地方裁判所に対し、東京法務局所属公証人押切徳次郎後任公証人西尾善吉郎作成昭和五〇年第二九九号抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基づき、右公正証書掲記の抗告人に対する金銭債権(以下「本件基本債権」という。)の満足を得るため、抗告人が後記不動産競売手続の停止決定を得るための保証として提供した供託金(三〇〇万円、第三債務者国)の取戻請求権(以下「本件被転付債権」という。)について、差押及び転付命令を申請し、同裁判所は、同年一〇月一五日本件債権差押及び転付命令を発し、同命令は同年一〇月一六日第三債務者である国に、同月一七日債務者である抗告人に、それぞれ送達されたこと(以下、この強制執行を「本件債権執行」という。)、抗告人は、昭和五五年一〇月二二日同裁判所に対し、執行抗告申立書を提出したことが認められる。

ところで、抗告人の所論によれば、前記公正証書により本件基本債権を担保するため別に設定された抵当権の実行として、すでに目的不動産に対する競売申立がなされ、その手続(横浜地方裁判所小田原支部昭和五二年(ケ)第五二号事件)が進行中のところ、当該目的物件につき定められた最低競売価額(金五六一〇万二八〇〇円)は、本件基本債権の額より一二七一万六九五五円超過しているので、本件債権執行は、抗告人に苦痛を与えるのみの不必要な過剰執行に当るというのである。

検討するに、一般的に言つて、金銭の支払を目的とする債権について強制執行においては、債務名義表示の基本債権の満足という目的を達するのに必要な限度以上の債務者の財産に対して行うことは許されないが、右の限度内である限り、債務者に属する財産のうちいずれを対象として行うかは、原則として債権者の選択によるものであり、また、担保権によつて担保された基本債権について債務名義もある場合において、担保権の実行によるか債務者の一般財産に対する強制執行によるかもまた原則として債権者の選択によるものと解すべきである。そして、ある基本債権の満足を図るために二つの民事執行(強制執行又は担保権の実行)が併行している場合において、先行の執行が完了すれば当該債権が満足される見通しがあるときでも、常に後発の執行が過剰執行となるというわけではない。

本件債権執行は、後発ながら、その効力が生じたときには、債務者たる抗告人の有する金銭債権を債権者たる相手方に転付することにより本件基本債権につき被転付債権の券面額相当の満足を直接に実現するものであるところ、右先行する不動産競売は債務者が担保に供した不動産を入札、競り売り等により換価した後、その売却代金の配当を得て初めて基本債権の満足に至るという手続である(なお、抗告人の所論によれば、いまだ換価手続の段階に至つていないことが窺い知られる。)。すると、本件転付命令の効力が生じたときには、右被転付債権額だけ本件基本債権額が減少するのであるから、以後それに見合つて先行不動産競売の手続を調節することにより(換価に付する不動産を制限し、債務者に返戻される配当剰余金がそれだけ多くなること等により)、抗告人に対する総体としての執行を過剰ならしめないことが可能である。また、本件被転付債権は、元来抗告人において随時行使することのできない性質のものでもある。

しからば、別に前記不動産競売手続が係属していることをもつて、本件債権執行を抗告人所論のような過剰執行であるということはできない。

したがつて、抗告人の主張は、理由がないものといわざるをえない。

三よつて、本件抗告は、理由がないから、棄却することとし、主文のとおり決定する。

(小河八十次 内田恒久 野田宏)

〔申立の趣旨〕

被申立人が東京法務局所属前任者公証人押切徳次郎後任公証人西尾善吉郎作成昭和五〇年第二九九号抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基づいて御庁昭和五五年(ル)第一、六八一号債権差押命令、同年(ヲ)第二、一六八号転付命令により申立人に対する強制執行として別紙目録記載の債権につきなした強制執行はこれを許さない。

との裁判を求める。

〔申立の理由〕

一 被申立人は申立人に対し、東京法務局所属前任者公証人押切徳次郎後任者公証人西尾善吉郎作成昭和五〇年第二九九号抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基づいて左記債権を有すると言う。

1 元金  二九八〇万円

2 損害金 一三、五八五、八四五円

合計  四三、三八五、八四五円

二 ところで被申立人は申立人に対し、前記公正証書に基づく抵当権の実行として、昭和五三年六月一四日横浜地方裁判所小田原支部に対し、別紙物件目録記載の山林の競売を申立て、右は同庁昭和五三年(ケ)第五二号事件として係属し同年六月二〇日競売手続開始決定がなされた。

三 右事件において同裁判所は、別紙物件目録記載の山林の最低競売価格を五六、一〇二、八〇〇円と決定した。

しこうして、右事件は、これから第一回競売期日が指定され、競売が為されるものであつて、過去競売期日が開かれたが競落人不存在の理由で流れたという事実は一度もない。

四 従つて、被申立人は、右山林の最低競売価格が五六、一〇二、八〇〇円と被申立人の債権額より一二、七一六、九五五円も多いのであるから、前記山林の競売によつて十分な債権の満足を得られるものであり、従つて本件執行は不必要である。

五 一方は担保権の実行としての競売であり、他方は強制執行であつて手続が異なるものであるとしても、同一債権の強制的な取立てであるに変わりがないから、本件執行は不必要な過剰執行であつて、いたずらに申立人に苦痛を与えるのみであり民事執行法第六三条の趣旨によつて許されないものである。

又、別紙目録記載の債権は、相模原簡易裁判所昭和五五年(ノ)第四四号調停事件に伴う、同庁同年(サ)第六号競売手続停止決定申立事件の保証であり、被申立人の同意がなければ容易に取り戻す事が出来ないものである事に鑑みても、本件執行は不必要なものである。

六 よつて、申立人は被申立人に対し、本件強制執行は違法な過剰執行であり、許されないものであるから、取消を求めるべく、本申立に及ぶ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例